【美大留学記#08】アート・デザインのバックグラウンドなしで美大で闘うということ
前回の記事を書いてから暫く時間が経ってしまいましたが、あれから「アート・デザインのバックグラウンドがある生徒に囲まれて美大で学ぶこと」について考えて、悩んで、その結果いろいろと気づいて腑に落ちたことがあったので、今回はそれを、包み隠さず(本音のまま)シェアさせていただきたいと思います。
(前回はこちら:【美大留学記#07】“ロックダウン”からリズムをつかむ!)
今回の記事を書くまでの経緯
前回の記事であれだけ「自粛期間という特殊な状況を味方にする」ということ謳って置きながら、実は味方につけるどころか、その「特殊な状況」に呑み込まれておりました。。笑
授業がすべてオンラインに移行した当初は「自分のペースを保ちつつ、外部からインスピレーションが入ってくる状態」にしようと試行錯誤して、途中までは順調にいっていたのですが、その環境に慣れてくると、ふと頭をよぎるのは次のことでした。
”自分は本当に、プロダクトデザイナーになりたいのだろうか?”
プロダクトデザイナーになるためにDAEというプロダクトデザインで有名な学校に入学して、木材・鉄・陶芸・テキスタイルの加工技術とRhinocerosといった3DソフトウェアやAdobe系ソフトウェアのスキルを磨いて、さらに長期休暇にはインダストリアルデザインの事務所でインターンをして現場を肌で感じて・・・プロダクトデザイナーになるために走ってきた訳なのですが、少し立ち止まって振り返ってみると、そこに何か「窮屈さ」を感じている自分に気づいたんです。
せっかく「グラフィックデザイン」「プロダクトデザイン」「テキスタイルデザイン」といった既存の表現方法をベースにしたデザインの枠組みにとらわれない、コンセプチュアルな大学で勉強しているというのに、何で自分自身を“枠”にはめようとしているのかと。
つまり、気づかないうちに「プロダクトデザイン」という枠に自分自身をはめようとして、自分の内にある興味や関心といった心の声を無視していた訳です。
本当は、そこから出てきたことこそが面白いのに。。。
その点、こちらの生徒(特にヨーロッパの生徒)は伸び伸びやっていて、本当に素直に自分の興味のあること、関心のあることに従って作品を制作しています。だからこそ、コンセプトはいうまでもなく、コンセプトを超えたところに魅力が出てきていて、観る人を惹き付ける作品になっているんだと今では強く感じます。
気づくの遅い!って話ですね。。笑
アート・デザインのバックグラウンドが”ない”という強み
なぜここまで「プロダクトデザイナーになる!」と凝り固まっていたのかと言うと、やっぱりそこにはDAEで学ぶ環境が大きく影響していたんだと思います。
DAEはコンセプチュアルなデザインを学べる学校で有名であるがゆえに、ある程度グラフィックデザインなりインダストリアルデザインなり建築なりを専門の学校で学んで、スキルと知識を身に付けた学生が、さらにその価値を高めるために「枠にとらわれない」要素を求めて集まってきたりします。
だからこそ、そんな彼らの経験やスキルに圧倒されて、「負けないように頑張らねば」と視野が狭くなって、同じ「デザイン」というフィールドで闘おうとしていました。
もちろん、クリエイティブな分野で活躍するための努力を継続するのが大切なのは言うまでもないのですが、「デザイン以外の分野」を知っているということは、デザイン・アートと他分野の垣根を越えて物事を把握するという意味で、それ自体が強みになるのではないかと最近は思うようになりました。
そして、それも「枠にとらわれない」一つの形なのではないかと。
「ITに強いコンサルティングファーム」のイメージが強いアクセンチュアだが、近年は多様なバックグラウンドを持つプロフェッショナルを積極的に採用している。なかでも、デジタルコンサルティング本部のアクセンチュア インタラクティブには、従来のコンサルティングファームのイメージからは想像がつかない「クリエイティブ人材」が集まっている。
アクセンチュアはなぜクリエイティブ人材を採用するのか ── デザインと経営の新しい関係
上記の記事は就活生の人気も高い、世界最大級の経営コンサルティングファームであるアクセンチュアで採用された、グラフィクデザインのバックグラウンドをもつ方のお話なのですが、そこで語られていることは「越境できること」と「変態であること」です。
そもそも経営コンサルの会社がクリエイティブな要素を重視するってこと自体が、アート・デザイン業界以外のところでそういった要素が求められてきている、ということだと思います。
そして、この記事ではクリエイティブなバックグランドをもつ方を紹介されているのですが、クリエイティブな要素をデザインを越えて活かすという点においては、クリエイティブなバックグランドをもたない自分がクリエイティブな要素を学ぶ意味を指し示してくれているような気がします。
越境できること!
『越境』とは自分のボーダーを超えるという意味。クリエイターであっても、マーケティングや商品開発、人事などビジネス領域の人と会話をして幅を広げていく必要があります。コンサルタントは経営者に提言する立場であるため、自身のアウトプットを異なる立場やビジネス視点で説明できなければなりません。
アクセンチュアはなぜクリエイティブ人材を採用するのか ── デザインと経営の新しい関係
記事では「コンサルタントとして」という視点で語られていますが、その本質は「クリエイティブの職にある人こそ、自分の分野の内だけでなく、外からの視点や立場から物事を捉える必要性がある」ということにあるのではないかと思います。
例えば、もしコップをデザインする時に、コップを製造販売している会社で働いた経験があれば、コップがどのように設計され、製造され、販売されているかといった内部の事情をよく理解しているため、より深くお客さんに突き刺さるデザインができるということですね。
おそらく、自分の専門領域外の領域のことを理解しながらも、そこの中だけにいては見えてこない視点や立場で何かを生み出していくことが大切なのではないかと。
そういった意味で、経理という切り口で会社を見てきた経験や、半導体工場、紙専門商社、ホテル、医療機器メーカー、ガラスメーカーといった異なった業界で働いてきた経験を、今後はデザインに活かしていけたらと思ったりしてます。
アート・デザインのバックグランドがある同期と比べて、卑屈になっている場合じゃないってことですね。。笑
自分の経験してきたことを活かさねば!!
変態であること!
とはいっても、「何でもかんでも違ったことを経験すればいい」というわけでもない気がします。
もちろんいろんなことを齧って幅広く物事を知っていることが活きる場面はあるとは思うのですが、それが本当に「強み」になるのかと言われると、素直に頷けない自分がいたりします。
『変態』は何かしらの分野で突出したプロフェッショナルであれ、と言うこと。仕事で求められるスキル以外に、特定の飛び抜けたスキルを持っていることが望まれます。
アクセンチュアはなぜクリエイティブ人材を採用するのか ── デザインと経営の新しい関係
アクセンチュアにはブラジルの格闘技「カポエイラ」のインストラクターの資格を持つ方がいらっしゃったり、ソーシャルゲームで世界ランクが1位の方がいらっしゃったりするそうです。
そして、そういう「特定の飛び抜けたスキル」を持っている人が、ときにロジックを越えた新しいアプローチを生み出すきっかけになったりするそうです。
やはり、一つのことに深くのめり込んで、そこから出てくる視点や考え方というのは斬新でユニークなものなのだと思いますし、だからこそ「変態であれ」、つまり「飛び抜けて詳しく知っている世界をもて」ということなのだと思います。
「変態」でありながら自分のボーダーを「越境していける」こと。
クリエイティブな分野で活動していこうと思っている自分には、すごく突き刺さりました。
「好きなことで、生きていく」というyoutubeの宣伝フレーズが世の中に流れ出して久しいですが、自分の興味・関心のあることを、とことん掘っておく、というのは大切なんだなあと改めて感じました。
ときめいたり、ワクワクした“理由”を掘ってみる
振り返ってみると、就職を見越して受験勉強をして大学に入学して、資格の勉強をしてみたり、DAEに入学してからはプロダクトデザイナーになるためにスキルを身につけようと頑張ってみたり、確かに自分の興味・関心から外れている訳ではないのですが、でも自分の興味・関心の「ど真ん中に深く刺さっている」という訳でもないような気がしていました。
じゃあ、自分の興味・関心の「ど真ん中」、自分が本当に好きって言えることって何だ??
幸い自粛期間中ということで、時間はたっぷりありました。
けれども、いざ考えてみると、答えが出ない自分にびっくりで。
(アート・デザインと言えばそうなのですが、「どんな」アート・デザインの「どんなところ」が「どのように」好きなのか具体的に論理的に説明して、と言われたら言葉が出てこなかったり。。自分が学んでいるはずのアート・デザインに限ってみてもそんな感じだったので、きちんと「自分の興味・関心」に向き合ってこなかったことを痛感しました。)
そこで、難しく考えるのはやめて、まずはシンプルに「人生で面白そう」と感じたことをつらつら挙げてみることにしました。(それが深掘りできる興味・関心の「ど真ん中」を見つけることに繋がるはず!)
- メディアアート
- コンピューター音楽
- 機械学習とAI
- 数学
- 物理学
- ドイツ語
- ギター
- 日本文化論
- 芸術論
それぞれ、どんな感じだったかというと
- メディアアート → 何だかよく分かってない
- コンピューター音楽 → 何だかよく分かってない
- 機械学習とAI → アニメとか映画でみるレベルのイメージしか持ってない
- 数学 → 計算ミスにチキって、受験勉強時に切り捨てた
- 物理学 → 計算嫌いで学ぶのやめた
- ドイツ語 → 大学でやったはずなのに、数すら数えられない
- ギター → やろうと思って挫折、Fすらまともに鳴らせない
- 日本文化論 → 興味あるはずなのに、ニュアンスレベルの浅い知識しかない
- 芸術論 → 興味あるはずなのに、ニュアンスレベルの浅い知識しかない
ほとんどせんぶ「興味がある」ってところで止まってる!笑
ならば、そこから一歩でもいいから奥に踏み出そうということで考えてみました。
- メディアアート → とりあえずプログラミングの基礎を学んでみる!
- コンピューター音楽 → とりあえずプログラミングの基礎を学んでみる!
- 機械学習とAI → とりあえずプログラミングの基礎を学んでみる!
- 数学 → 好きなテーマを探してみる!
- 物理学 → 好きなテーマを探してみる!
- ドイツ語 → まずは基礎的な文法から復習!
- ギター → とりあえずギターを手に入れる!
- 日本文化論 → 日本文化について書かれた文献を読んでみる!
- 芸術論 → 芸術論について書かれた本を読んでみる!
そしてそれを下記のように整理し、なるべく毎日触れていくことに。
- HTMLやCSSといった基礎的なプログラミング言語から学んでいく
- のんびり休憩する時は、Youtubeなどで数学・物理学の興味あるテーマを探してみる
- ドイツ語の基礎的な文法をマスターすると同時に1000語レベルの語彙を身に付ける
- 日本特有の概念を説明した『「いき」の構造 九鬼周造著』の精読
- 新造形主義について書かれた『Neoplasticism モンドリアン著』の精読
豆腐メンタルながら、なるべく毎日続けて出来るようになったこと
「三日坊主上等!」という感じながらもなるべく毎日やって積み重ねていくと、次第に出来ることや見える世界も変わってきたりします。正直、自分自身に期待していなかったということもあるのですが、ふと振り返ってみると、始める前に比べて少しは出来ることが増えたなあと自分でも思えます。
- プログラミング
- HTML&CSSを学んだことで、webサイトの基本的な構造が把握出来るようになった
- 簡単なウェブサイトを二つ作ってみた(サーバーにアップはしてませんが)
- 自分で書いたコードで、簡単な2D・3Dのアニメーションを作れるようになった
- コードを書いて、音を鳴らせるようになった
- ドイツ語
- 基礎的な文法を頭にインプットすることができた
- 500語ほどの語彙力は身についた
- 完璧ではないが、rの発音が出来るようになった
- 本当に簡単なドイツ語会話ならかろうじて出来るようになった
- ドイツ語の映画・ドラマを観て、聞き取れるフレーズが出てきた
- ギター
- とりあえず一通り基本的なコードは弾けるようになった
- ワンフレーズだけなら、単音弾きが少しだけ出来るようになった
- 日本文化論、芸術論
- 『Neoplasticism モンドリアン著』を読んで、モンドリアンの抽象絵画のベースとなっている彼の考え方を把握することができた
- 『「いき」の構造 九鬼周造著』を読んで、今までなんとなくしか理解できていなかった「いき」というものが分かるようになった
それぞれのトピックで書きたいことはたくさんあるのですが、ここに書いてしまうと盛り沢山(笑)になってしまうので、それはまた記事を別にして書きたいと思ってます。
興味のあることを学んでいくと、つながってくる
スティーブ・ジョブスの名言である“Connecting the dots”というセリフは私も大好きで、もしかすると彼が使っていた文脈と多少違うかもしれませんが、上記の興味のあることを掘っていく中で、個人的に“Connecting the dots”的な瞬間がありました。
まずは、プログラミングから。
HTML&CSSやRubyから始まって、次にCreative codingのプラットフォームであるp5.jsを学んで、最近はパーソンズ美術大学のZachary Liebermanさんがメインで開発されたopenFrameworksというソフトウェアプラットフォームを学ぼうとしているのですが、そのopenFrameworksの理解を深めようと、ベースになっているOpenGLというグラフィックライブラリを勉強していた時のことです。
勉強していた教材に突如として現れてきたのは「行列」!
あの高校数学で出てくる、()で囲まれたやつです。
なぜここで行列?と思いましたが、どうやらOpenGLを理解する上で「線形代数」の知識が必要なようなのです。
そして、実は私、大学の選択授業で「線形代数」をとっていたんです。
なぜその講義をとろうと思ったのかはっきりとは覚えていないのですが、本当に「なんとなく面白そうだから」という理由だけで選んだのだけは覚えています。もちろん将来の役に立つとか、そんなことは一切考えていませんでした。
だからこそ、当時軽い気持ちで勉強したことが今になって繋がってくるなんてびっくりでした。
次に、ドイツ語。
ドイツ語を再び学び始めたきっかけは「ドイツ語話せたらカッコいいかも」という程度の理由だったのですが、メディアアートやインタラクティブなアートをプログラミングで創作するCreative codingというものを知っていくうちに、ドイツはコンピューターサイエンスやメディアアートが盛んなことを知りました。
そして、オーディオ・ヴィジュアル・アーティストである黒川良一さんがドイツで活躍されいたり、坂本龍一さんとのコラボでも知られるCarsten Nicolaiさんがドイツ出身であったりということを知るにつれ、自分の興味のあることが思いの外ドイツと繋がっていることに気づいて、びっくりでした。
最後に、『Neoplasticism モンドリアン著』を読んでみて。
この本を読もうと思ったきっかけは、「どんな思いでモンドリアンが絵を描いていたのかを知りたい」ということで、主に彼自身の思想を理解してみたいという理由でした。しかしながら、彼が新造形主義を形成するのに影響を受けたのがキュビズムであることを知り、そのキュビズムの代表的な画家であるピカソと岡本太郎さんに実は交流があって、しかもモンドリアンと岡本太郎さんはパリにて同じアプストラクシオン・クレアシオンという美術団体に属していたということを知って、自分の好きな芸術家達が繋がっていることにびっくりしました。
こう振り返ってみると、興味のあること同士をつなげるためには、まず興味のあることそれ自体を掘る必要があるんだなあと感じます。
そして、その掘るきっかけは案外「なんとなく」くらいの軽いものの方が、頭であれこれ考えるより、実は自分の素直な気持ちに従っているから良かったりするのかもしれないです。
おわりに
ここ2ヶ月くらい考えたことと、やってきたことを一気に書き殴ってしまったので、想像以上にボリュームがある記事になってしまいました。。
しかし、これでもまだ「プログラミングを勉強する一方で、なんで大学では今期から陶芸特化のカリキュラムを選択することにしたのか」とか「作品制作を通して表現したい、デジタルとアナログの境目」とか書きたいことの全部は書き切れていないので、それらはまた別の記事で追々お話していけたらいいなと思っています。
それでは。
(※ちなみに、トップ画はopenFrameworksを使って雨を再現しようとコードを書いたものをプロジェクターで壁に投影したものです。)
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