デザインアカデミーアイントホーフェンのユニークな8つの学科

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今回はデザインアカデミーアイントホーフェン(Design Academy Eindhoven)の学科について、紹介します。デザインアカデミーアイントホーフェン(以下DAE)では、1年生でデザインの基礎を学んだ後、2年生からは8つの学科に分かれてより専門的に学びます。DAEの場合「グラフィックデザイン科」や「プロダクトデザイン科」のようにデザインの分野ごとではなく、デザインの目的ごとに学科が分かれるため、学科の紹介文のページを読んでもなかなか内容が分かり難かったりします。この記事では学科ごとに特徴をまとめてみたので、これを読んで学科ごとのだいたいのイメージをつかんでもらえたらと思います。

4年間のカリキュラムと学科

<<1st year>>

1年生は3学期制で、学期ごとにそれぞれ「Body & Mind」「Society & Change」「Craft & Industry」という異なるテーマが設定されており、1年間を通してデザインの基礎となる力を総合的に身に付けます。

<<2nd year>>

2年生からは8つの学科に分かれて、より専門的に深く勉強します。学期は3学期制から2学期制になり、それぞれの学期は「Module」と呼ばれます。

<<3rd year>>

3年生の前半は「Exchange」と呼ばれる海外の美術大学への交換留学か、「Minor」と呼ばれるDAEにて行われるテーマ別のプロジェクトかを選んで学びます。後半は「Studio」と呼ばれ、学科ごとに行われる個別のプロジェクトを通して学びます。

<<4th year>>

4年生の前半はインターンシップを行い、インターンシップから帰ってきた後半は卒業制作に取り組みます。

THE MORNING STUDIO (旧:MAN AND WELL-BEING)

<<豪華なデザイナー陣>>

MAN AND WELL-BEINGは8つある学科の中でも、かなりの人気がある学部の1つです。その理由が、DezeenのDesigners of the Yearなど数々の有名な賞を受賞しているAtelierNLといった著名なデザイナー達から直接指導を受けることができるためです。他の学科の教師陣に比べるとフィードバックを受ける機会は多くありませんが、現役で活躍する一流の現役デザイナーから直接学べるのはかなり魅力的です。

<<独特の美意識が身につく>>

MAN AND WELL-BEINGは指導が厳しいのでも有名で、特に美的感覚が鍛えられます。教師であるそれぞれデザイナーの個性がかなり強いので、卒業するまでには彼らが持つ独特のテイストを身につけることができます。ただし、これは同時に教師陣のテイストに染まることを求められるということでもあるので、「自分の個性を大切にして伸ばしていきたい」という人には向かなかったりします。なので、卒展などで学生の作品を見て、事前に「MAN AND WELL-BEINGで身に付けられるテイストが好きかどうか」を確かめておいた方がいいです。

<<「WHY?」で、とことん突き詰める>>

ある意味、MAN AND WELL-BINGが一番DAEらしいコンセプチュアルな学科かもしれません。学科としての大きなテーマが「Relationship to Human, Connection of Human」であるため、身の回りにあふれるモノすべてに対して、その素材が生み出される過程から徹底的に深掘りして考え、デザインを学んでいくため、プロジェクトでは常に「WHY?」という質問を教師から繰り返し投げかけられます。具体的には、「なぜ、その素材なのか」「なぜ、その形なのか」「なぜ、その造形なのか」「なぜ、その加工方法なのか」といった、目に見えるデザインになる前のコンセプトの段階から【そうであるべき理由】を求められます。これには、素材を突き詰めて深く理解し、そこから「人との関わり」そして「人とモノが関わってできている、より上位のシステム」を考えた上でデザインをすべき、というような意図があるようです。そのため、出来上がった作品はどれも「人とモノがどう関わっていくべきか?」「世の中で、デザインとはどうあるべきか?」という問いを深く考えた上で生み出されたデザインばかりです。

Design Academy Eindhovenより引用

STUDIO TURN AROUND! (旧:MAN AND MOTION)

<<デザインにおける、テクノロジーの可能性を探る>>

MAN AND MOTIONのテーマは「Technology and Human Experience」で、かなりテクノロジー、エンジニアリング寄りの学科です。3Dプリンターといった、いま現在ある技術だけでなく、まだ発展途上にある技術についても、積極的にどんどん使ってデザインを学んでいくので、プロジェクトを通してテクノロジーのスキルと経験も手に入れることができます。「テクノロジーに興味があって、それを使ってガンガンデザインしたい」という人に合っている学科です。

<<しっかりと実現可能な段階までもっていく>>

他の学科と大きく異なる特徴が、すべてのプロジェクトにおいて「Reality Check」という実現可能性の観点が重視されているところです。「もし・・・だったら」というところからプロジェクトはスタートするのですが、それが「未来への提案(コンセプチュアルなデザイン)」で終わることはなく、「きちんと商品化できるレベルまでもっていくこと」が生徒には求められます。

<<企業とのコラボレーション、コネクション>>

最新のテクノロジーを扱いながら、デザインを実現可能なレベルまでもっていくためには、実際の企業との協力が必要不可欠です。そのため、プロジェクトを企業とコラボレーションで進めていく課題も多くあります。また、企業の人が学生の作品を見に来る機会もあります。このように企業とのコネクションが他の学科と比べると強いので、卒業後にそういった企業に就職したり、フリーのデザイナーと独立した後も企業とのコラボレーションを続けているケースも多くあるようです。

Design Academy Eindhovenより引用

Studio Collaborative Solutions (旧:PUBLIC PRIVATE)

<<フィールドリサーチを通して、「人のためのデザイン」を考える>>

PUBLIC PRIVATEという学科は、「MAN AND LIVING」と「MAN AND PRIVATE」という2つの学科が合併してできた比較的新しい学科です。「Work for others, Involve others」ということをテーマに掲げており、公共空間・プライベート空間を問わず、生活空間とそこに住む人々に関わるデザインを学びます。デザインを考える上で生活空間というコンテキストがとても重要になってくるので、最終的な作品だけでなくフィールドリサーチを中心としたリサーチも重視されます。具体的には、実際に街に繰り出して歩き回り、そこに住む人々へインタビューを行い、人々の生活を肌感覚で理解した上でデザインに落とし込んでいく、ということです。なので、どちらかというとソーシャル・デザイン寄りの学科です。

<<自由度の高さと、自律性が求められる学科>>

生活空間というコンテキストの中であれば何をやってもOKなので、8つの学科の中でも特に自由度の高い学科です。指導する教師陣も建築家からインダストリアルデザイナー、研究者からライターまで幅広いジャンルのプロフェッショナルが揃っているのも、この学科の特徴です。「学生の視野を最大限広げ、その上でデザイナーとしての道を見つけさせる」という方針なので、デザイナーとしていろんな方向性や可能性を広げることができます。ただし、この自由度の高さは裏を返せば「自主性・自律性を尊重する」ということなので、教師のサポートはありますが、プロジェクトにおける自分の進むべき方向性は、自分で責任をもって決めることを求められます。なので、「自分でどんどん行動して、幅広いプロジェクトを進めていきたい」という人にはぴったりの学科です。

Design Academy Eindhovenより引用

Studio Moonshots (旧:MAN AND COMMUNICATION)

<<グラフィックデザインの基礎から、デジタルな2Dに限らないデザインへ>>

MAN AND COMMUNICATIONは「Critical thinking in the context of communication and media」ということをテーマしている学科で、文字通り「メディアを通してメッセージをどのように伝えるか」を学びます。グラフィックデザインやインフォメーションデザインといったデザインを入り口に、最初はメディアにおけるデザインの基礎を身に付け、その後、自分の発信したいメッセージを作品を通して表現をします。メディア・コミュニケーションというコンテキストですが、モーショングラフィックといった2Dのデジタルメディアを使って作品を制作する学生もいれば、3Dのインスタレーションといった立体作品を制作する学生もいます。

<<プロジェクトを通して「社会に対する、自分の意見を育てる」>>

この学科では、「メッセージをメディアを通していかに伝えるか」ということだけでなく、「社会に対する、自分なりの意見をしっかりと持つ」ことも重視されます。これは、「最初から社会に対する明確なメッセージをもつべき」ということではなく、「プロジェクトや作品制作を通して、自分なりの意見を深め、固めていく」ということです。そのため、卒業するまでに制作する作品はすべて、根底で共通するのメッセージによって繋がっています。

Design Academy Eindhovenより引用

STUDIO URGENCIES (旧:MAN AND LEISURE)

<<アカデミックな幅広いアプローチで、総合的にデザインを学ぶ>>

MAN AND LEISUREは「Develop yourself in relation to the world」ということをテーマにしており、PUBLIC PRIVATEとは反対に「自分以外の他人」ではなく「自分(の興味・関心)」を中心にデザインを学んでいきます。与えられる課題のジャンルは写真といった2Dからおもちゃといった3Dまで幅広く、トピックも具体的なものから抽象的なものまで多種多様です。「How you design, instead of What you design」ということを重視しており、デザインに対するアプローチの方法を様々な方向から総合的に学ぶことで、デザイナーとしての個性を築いていきます。

<<すべては「遊び心」と「とりあえずやってみること」から始まる>>

すべてのプロジェクト・作品制作において、「遊び心(playfulness)」と「とりあえずやってみること(experimental)」が求められます。自分の興味・関心からプロジェクトをスタートさせ、自分の直感や気持ちに素直に従いながら、予想外のハプニングも含めたプロセス全体を楽しむことが大切で、最初からプランありきのデザインではなく、楽しんできたプロセスから自然と最終的なデザインが生まれてくるようなアプローチが好まれます。

Design Academy Eindhovenより引用

STUDIO IDENTITY (旧:MAN AND IDENTITY)

<<幅広く数多くの課題をこなす中で、「自分のアイデンティティ」を見つける>>

MAN AND IDENTITYは、8つの学科の中で最も課題が多い学科の1つです。「How you define you, your body in relation with others’ bodies and space」というように、多くの課題を通して、文字通り「どのように自分のアイデンティティを表現するか」ということを学びます。自分の身体と相手の身体、そして空間との関わりの中でアイデンティティを考えるというコンテキストなので、課題はファッションデザインのものが多いです。

<<ファッション業界との強い結びつき>>

ほぼすべての課題において、ファッション関係の企業とコラボレーションして進めるため、ファッション業界との結びつきは比較的強いです。また、ファッション業界で働く上で必要なスキルや経験も身につけることができます。そのため、卒業後にファッション業界で活躍する人も少なくないようです。

<<アートディレクターやブランディングディレクターへの道も>>

自分のアイデンティティを表現する方法を学ぶということは、つまりセルフ・ブランディングの方法を学ぶということです。そのため、卒業後はファッションデザイナーとして活躍するだけでなく、デザイナーとしてアートディレクションやブランディングまで幅広く活躍する人もいます。

Design Academy Eindhovenより引用

Studio Living Matter (旧:FOOD NON FOO)

<<生きている素材で、デザインする>>

FOOD NON FOODは8つの学科の中で、最も異色な学科です。「Designing with Living Matters」というテーマを掲げており、食べ物に限らす植物や細胞といった生きている素材を切り口にデザインを学びます。自由度は本当に高く、既存のいわゆる“デザイン”にとらわれない斬新なアプローチで学ぶことができます。

<<未来に向けての提案としての、デザイン>>

FOOD NON FOODで制作する作品は、商業的なデザインとは対極的な、かなりアートよりな作品が多いです。デザインのジャンルで言えば、「Speculative Design」と言われる推測的・思弁的なデザインをこの学科では取り扱います。言い換えると、生きている素材や食生活に関するリサーチを通しての、これからの訪れる未来に対しての提案(ストーリー、シナリオ)としてのデザイン、ということになります。そのため、作品は現実の問題を直接解決するようなものというよりは、将来起こりうる(もしくは、もうすでに起こり始めている)事象に対する問題提起としての作品が多いように感じます。そのため美術館との相性がよく、2年生では美術館とコラボレーションする課題もあります。

<<外部機関とのコラボレーション>>

FOOD NON FOODでは、プロジェクトや作品制作を進める上で、外部パートナーとの協力も大切にしています。具体的には、美術館や食にまつわる企業、学校など幅広い分野の専門機関とタッグを組んで、将来に向けたデザインを学んでいきます。そのため、卒業後はデザイナーとして、またアーティストとして、既存のデザイン分野に留まらない幅広い活躍ができます。

Design Academy Eindhovenより引用

THE INVISIBLE STUDIO (旧:MAN AND ACTIVITY)

<<王道のプロダクトデザインを、基礎から学び、力をつける>>

MAN AND ACTIVITYは8つの学科の中で、最も正統派のプロダクトデザイン・インダストリアルデザインの学科です。作品制作のステップを「Dream phase(アイディアからコンセプトへ)」「Practical phase(プロトタイプとテスト)」「Connection phase(プレゼンテーションとストーリー)」といったフェーズに分けるなど、学習するためのフレームワークがかなりしっかりしています。そのため、ステップ・バイ・ステップでスキルと経験を身につけることができ、卒業するまでには「ものをつくる力」を身につけることができます

<<個性を尊重しながら、幅広くやりたいことができる>>

教師陣が「学生の個性を尊重し、伸ばす」スタンスなので、教師であるデザイナーの色に染まることなく、自分なりのテイストを築いていくことができます。この点はMAN AND WELL-BEINGとは対照的と言えます。また「Touch & Tactility」「Self & Others」「Now & Next」「Resources & Opportunity」という4つのテーマの中で、自由にプロジェクトと作品制作を進めることができるので、ソーシャルデザイン的なものからコマーシャルデザイン的なものまで幅広く自分のやりたいデザインを学ぶことができます

<<いわゆるプロダクトデザイナーへの道が拓ける>>

カリキュラムの中でプロダクトデザインの基礎をしっかりと学べるので、卒業後は企業でプロダクトデザイナーとしても、フリーのプロダクトデザイナーとしても働くことができます。

Design Academy Eindhovenより引用

何を基準に、どう選ぶのがベスト?

<<先生との相性>>

学科の方向性や学べること、自分のやりたいことができるのかというポイントと同じくらい大切なのが「先生との相性」です。学科の内容だけで選んだら、先生とウマが合わずにかなり苦労した、、、なんて話はよく聞きます。なので、事前にどんな先生がいるのかをリサーチしておくといいでしょう。

<<学生の声を聞く>>

もちろん人によって受け取り方は違いますが、自分が希望する学科くらいは実際に授業を受けている学生の声を聞いたほうがいいでしょう。生の声を聞くことで、学科紹介のシンポジウム(※毎年、1年生の4月初旬に開催される)では見えなかった一面を知り、その学科に対するイメージがガラッと変わるなんてこともあるかもしれません。

<<自分の直感に素直に従う>>

学科に入る前にあれこれ考えても、実際に学び始めてみないと分からないことも多いです。学科に入ってからも、年2回は学科を転科するチャンスがあるので、あまり最初から考え過ぎず、まずは自分の直感を信じて飛び込んでみるのも大切です。

終わりに

今回はDAEの8つの学科について紹介しました。他の大学と違って名前からは内容が想像できない学科ばかりですが、その分、他の学校にないユニークな方法で学ぶことができます。

だからこそ、学科に入った自分を想像した時に、一番ワクワクする学科を選ぶのもいいかもしれません。

道に迷い込むことによって逆に、自分が本当に進みたい道がはっきりと見えてくるということは多いのではないでしょうか。

林真理子(小説家、エッセイスト)

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